もう限界、まだいける
プロレスは限界のその先を魅せるエンタメである。関節技を決められて限界と思っていたところを観客の声援を背にしてなんとかエスケープする等、観客が限界と思っている場所のさらにその先へ案内する。そして限界突破したことに対して勝者敗者問わず観客は惜しみない賞賛を送る。
四天王プロレスのその先
1990年代の全日本プロレスは両者リングアウト等不透明決着が排除され、リング上での完全決着が求められた。そこで現れたのが三沢光晴、小橋建太、川田利明、田上明の四天王である。彼らのプロレスはとにかく限界を突破したものであり、危険技をカウント2.9で返す危険技の応酬であった。
2000年代前半のプロレスリング・ノアの全盛期までこの四天王プロレスは続いたが、その代償はすさまじく、三沢さんはリング禍により亡くなった。
四天王プロレスの場合、限界突破したその先は一人のレスラーを失う形となってしまった。
「ブシロードプロレス」
新日本プロレス全盛期となった2010年代も限界突破によるものであった。こちらは四天王プロレスのような危険技の応酬でなく、まるで組体操のような技の切り返し合戦が行われるようになった。
必殺技をとにかく切り返す限界突破したこのプロレスは見始めたファンにとっては面白いが、徐々に見飽きてくる。その結果、いくら関節技が極まろうとも「必殺技じゃないから決まらない」ということになり、いつ試合が決まるのかわからないハラハラ感を味わえなくなる。
つまり、必殺技が決まるまで終わらないとなる。そうなると、序盤の攻防や一点攻め等はいらないという意見も出てくる。新日本プロレスなりに限界突破を考えた結果が、限界の前の基礎が揺らぐことになるとは皮肉である。
参照
— スコット北村ー💪🏾🐢🐢(幼名やかもひ) (@powpowaoaoda) 2019年12月30日